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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)290号 判決 1962年12月18日

控訴人 関西信用金庫

被控訴人 八木夙女

主文

第一、控訴にもとづき、

原判決を取り消す。

被控訴人の第一次請求(預金払戻請求)を棄却する。

第二、被控訴人の予備的請求にもとづき、

控訴人は被控訴人に対し金五三万〇、五〇〇円並びに内金五〇万円に対する昭和三三年一二月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

第三、訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その三を被控訴人の負担とし、その七を控訴人の負担とするる。

第四、この判決は第二項の金員支払を命ずる部分に限り、被控訴人が金一七万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張証拠の提出援用認否は、

被控訴人において、

控訴人は既に原審の口頭弁論において被控訴人が控訴人に対して被控訴人主張の定期預金をした事実を認める旨の陳述をなしているのであるから、当審に至り右定期預金契約の成立を否認しその無効を主張するのは被控訴人主張の定期預金契約成立についての自白を撤回するものというべきところ、被控訴人は右自白の撤回には同意することができない。したがつて右自白の撤回は許されず、右自白は有効である。

また控訴人が被控訴人主張の定期預金に関し預金払戻義務を負わない理由として主張する、右定期預金が同時に行なわれた同金額の貸付とのいわゆる両建であるとの抗弁も時機に遅れた防禦方法の提出であるから却下を求める。被控訴人は山本長蔵の控訴人湊川支店に預金してもらいたいという勧誘に応じて、控訴人湊川支店に金五〇万円の定期預金をする趣旨で同人に対し昭和三二年一一月一五日現金五〇万円を交付したのであるが、山本長蔵は当時同支店の支店長代理の地位に在り、部外の一般顧客に対し控訴人のため預金の勧誘をするばかりでなく、控訴人が預金として受け入れるべき現金を控訴人のために受領すべき権限をも有していたものであるから被控訴人において山本に前記の金員の交付をし同人がこれを受領することにより右同日をもつて被控訴人と控訴人の間に被控訴人主張の定期預金契約は成立したものといわなければならない。預金とせられるべき金員が現実に控訴人の営業所の預金受け入れ事務を扱う窓口において係員に引渡されるのでなければ常に預金の受け入れとはならないというのは、一般金融機関における支店長代理等の名称を付した外務係員のする集金につき存する取引慣習に反するところであつて、控訴人湊川支店の外務係員である山本長蔵が金員を受領すれば控訴人としてこれを受領したことになるものと解すべきである。

仮に山本長蔵が控訴人のために預金受け入れの権限を有しないものとしても、同人は控訴人に対する預金の勧誘をする権限を与えられ且つ控訴人湊川支店の支店長代理の肩書名称を与えられていたのであるし、前記五〇万円の授受に先立ち被控訴人が自ら同支店に現金を持参して預け入れの手続をする意向を告げて同行を求めたところ、山本長蔵は「わざわざ持参しても金を受けとるのは自分であるから自分が預つておく」と答えたので右五〇万円を交付するに至つたという事情もあつたために、被控訴人は定期預金契約締結につき山本長蔵には控訴人を代理すべき権限があるものと信じて同人を控訴人の代理人としてこれと金五〇万円の定期預金契約を締結したのであり、そのように信ずるにつき正当な事由があつたものというべきであるから控訴人は民法第一一〇条に基き被控訴人主張の定期預金払戻の責に任ずべきものである。そして本件定期預金の満期は昭和三三年一二月一七日なのである。

若し被控訴人主張の定期預金の成立が認められないとすれば、予備的請求として次のとおり控訴人に対し損害賠償を求める。すなわち被控訴人は、控訴人湊川支店の支店長代理の地位に在り控訴人のために顧客に対して預金の勧誘をする事務を担当している外務係員山本長蔵に対し、定期預金として預け入れる趣旨を示して現金五〇万円を交付したところ山本はこれを受領しながら控訴人湊川支店にこれを引き渡して定期預金受け入れの手続をなすことなく擅に右金員を着服してこれを第三者に融通費消し、因つて被控訴人に元本額五〇万円、利率年六分一厘の定期預金元利金五三万〇、五〇〇円相当額の損害を蒙らしめた。そして右損害は山本長蔵が控訴人の被用者として控訴人の事業の執行につき生ぜしめたものであるから控訴人はその使用者として被控訴人に対し右損害の賠償として金五三万〇、五〇〇円並びに内金五〇万円に対する昭和三三年一二月一七日以降右完済に至るまで年六分の商事法定利率による遅延利息支払の義務がある。<立証省略>

と述べ、

控訴人において、

控訴人は被控訴人からその主張の定期預金の預け入れとして現実に現金五〇万円を受け入れたことはなく、山本長蔵が昭和三二年一一月中旬頃に被控訴人から控訴人湊川支店に預け入れるようにとの依頼のもとに託せられた現金五〇万円を所持している間に同月二七日頃擅にこれを訴外吉田君夫に貸付流用したものである。山本長蔵は当時控訴人の使用人であつたがその地位は外務係員であつて、もつぱら部外の顧客に対する預金の勧誘、新規取引先の開拓並びにこれに付随関連する事実的な事務を担当していたにすぎないものであつて、対外的に時に支店長代理の名称を使用することを許るされていたとはいうものの、元来支店長代理という地位は支店長の職務を一般に代行すべき権限は何等伴なわず部外の顧客との間に直接自ら預金契約を締結する権限も付与されていないものであつて、仮に顧客から預金する趣旨で現金を託せられた場合においても右現金が現実に控訴人の営業所における預金受け入れの窓口の当該係員に交付されて始めて預け入れがなされたことになるのである。しかしながら山本長蔵は従来同人が勤務している控訴人湊川支店の支店長以下同支店勤務の職員一般の間においては被控訴人の親族として知られていたところから、山本長蔵の申し出により、同人を被控訴人の代理人として昭和三二年一二月一六日控訴人は、弁済方法を昭和三三年二月以降同年一一月まで毎月末日限り五万円宛分割弁済すること、利息日歩三銭、延滞損害金日歩六銭とすること等定めて金五〇万円を被控訴人に貸付け、それと同時に被控訴人を預金名義人として、右貸付金そのものを預金として受け入れたものとして被控訴人主張と同旨の条件の定期預金を右同日付で成立せしめ、その定期預金証書は右貸金弁済の事実上の担保とする趣旨で引続き控訴人湊川支店に留めておくことにしたもので、このような方法による取引は通常「両建」若しくは「両建預金」という呼称をもつて一般に金融機関と顧客の間に慣行せられている取引形態なのである。したがつて右の両建においては貸付についても貸借金額相当の現金授受は現実には全く行なわれず、一方定期預金についても預金者から金融機関に対する現金の交付は一切省かれるのである。ところが被控訴人が右貸金の弁済を遅滞したので控訴人は被控訴人に対する右貸金元利金五三万三、〇〇〇円の債権を自働債権として昭和三三年一二月一六日付書面により被控訴人に対する右定期預金の元利金五三万〇、五〇〇円の債務と対当額につき相殺の意思表示をしたのである。そして控訴人は原審以来前記のように被控訴人主張と同様の約旨の定期預金契約が昭和三二年一二月一六日付で成立したことを認めることに変りはなく、しかも控訴人の主張する右定期預金契約というのは、被控訴人が主張するように預金として預け入れるべき現金五〇万円を現実に授受することによつて成立した定期預金とは異なり、前記の両建の方式による定期預金契約が成立したという趣旨なのである。唯原審の口頭弁論においてはその両建の方式によるものであることの詳細な具体的事実関係を陳述するにつき不十分であつたというにすぎないのであつて、元来被控訴人主張の定期預金の成立を自白したものではないから、当審において前記のように両建方式に関する陳述の補足をもつて被控訴人がいうような自白の撤回というのはあたらない。

なお被控訴人は前記五〇万円の貸借の効力を否認するけれども、仮に山本長蔵が右貸借につき被控訴人を代理すべき権限を授与せられていなかつたとしても、右定期預金の申込をする以前に被控訴人は自ら控訴人の役員に対し、山本長蔵は被控訴人と親族関係があり、しかも被控訴人が未亡人であるところから家事一切につき山本に事務処理を委ねている旨申し述べたことがあり、現に山本が被控訴人の代理人として小口の貸金やその取り立て等の事務を処理している事実もあつたし、更にまた前記五〇万円の貸付や同額の定期預金の申し込みに先立ち被控訴人はその名義で控訴人の設けた北九州旅行付定期積立預金に一口加入したのであるが、右積立預金というのは一口に付毎月一三日に金五、二五〇円宛総計二八回、二年六月間積立預金をし満期に預金元本一四万円を払い戻すべき積立預金で、その期間の中途において適当の時期を択んで控訴人が費用を負担して預金者を北九州旅行に案内する仕組になつているものであつて、被控訴人は右積立預金により自ら昭和三三年二月一〇日北九州旅行に参加した後同年一〇月一五日に解約し因て清算の上控訴人湊川支店から金一、七五〇円の返済を受けた事例も存するところ、右積立預金につき届け出られ預金証書にも押されている印章は前記検甲第二号証の印章に外ならず、被控訴人の方で同人の真正な印章と主張する検甲第一号証の印章が控訴人との取引につき使用せられた例は皆無なので、山本長蔵が被控訴人名義で前記貸付と定期預金の両建の手続をする際に同人が使用した被控訴人名の印章を検してそれが前記検甲第二号証と同一であることを確認した控訴人湊川支店係員もこれをもつて被控訴人を正当に表彰すべき同人の真正な印章であると認めた次第である。以上のような事情の故に控訴人湊川支店の役員その他の職員一般においては、山本長蔵が被控訴人の預金の預け入れ、所有財産の運用利殖若しくはその処分等一切の生活関係につき包括的に代理権を有するものであり、右貸付及び定期預金の双方ともに右代理権に基き山本長蔵が被控訴人のためにこれを締結するものと信じたのであり、しかもそのように信ずるにつき正当な事由が存したものということができるから、被控訴人は前記五〇万円の貸付につき控訴人に対しその返済の義務を負担するに至つたものである。

被控訴人は原審以来本訴請求原因として、被控訴人が控訴人湊川支店に対して昭和三二年一二月一六日、金五〇万円を期間一ケ年、満期日昭和三三年一二月一六日、利子起算日昭和三二年一二月一六日、利率年六分一厘の約定により定期預金をしたからその元利金の支払を求めると主張してきたのに当審における第一四回口頭弁論期日(昭和三七年五月三〇日午前一〇時)に至り、被控訴人は控訴人に対し、被控訴人が昭和三二年一一月一五日に控訴人に現金五〇万円を交付することによつてした定期預金の元利金の支払を求めると陳述したのは本訴請求に関する事実関係の主張を根本的に変更するものであり請求原因の変更であるから本訴を却下すべきものである。

控訴人に対して山本長蔵の使用者として民法第七一五条に基き損害賠償の責に任ずべきことを求める被控訴人の予備的主張の追加は時機に遅れたものであるから却下を求める。却下せられないとしても、山本長蔵が被控訴人から託せられた金五〇万円を擅に流用費消した行為は同人の個人的詐欺の犯罪行為に外ならず、これについて民法第七一五条適用の余地はなく、控訴人が使用者として損害賠償の責に任ずべき理由はない。<立証省略>

と述べた、

外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。

理由

被控訴人は控訴人が原審の口頭弁論において被控訴人の主張する定期預金契約の成立を自白したから、当審に至つて被控訴人が主張するような現金五〇万円を現実に授受して締結した定期預金契約の成立を否認し、そのいわゆる両建という方式による定期預金がなされたものと主張するのは自白の撤回に該当するものとしてこれに異議を述べ、これに対し控訴人は、原審の口頭弁論において被控訴人主張の定期預金の成否に関し控訴人のした陳述の趣旨は被控訴人主張とすべての点において合致する同一意味内容のものではなかつた。控訴人としては原審以来一貫して被控訴人との間に現金を授受して定期預金契約を締結したことはなく、唯一方において控訴人から被控訴人に対して金五〇万円の貸付をなし他方同時に被控訴人名義の同一金額の定期預金を被控訴人主張と同一の約旨条件で成立せしめたものとする取扱手続をなし、右貸付と預金を通じて現金の現実の授受を全く行なわないいわゆる両建の方式を採用したものであるにすぎないことを主張せんとしながら陳述の不十分な点があつたにすぎないから、元来法律上の自白をしたものに該当しないし、また当審における両建の事実関係の主張は原審における主張の趣旨を詳細に補充するものであつてこれを変更するものではないから自白の撤回にもあたらないと主張するので先ずこの点について考察する。

被控訴人主張の定期預金契約の成立に関して控訴人が原審で陳述するところは、その第一回口頭弁論期日において答弁書に基き「原告主張に係る原告が昭和三二年一二月一六日被告に対し金五〇万円を期間一ケ年、満期日昭和三三年一二月一六日、利率年六分一厘とする約定で定期預金したことは認める。」というにある外には何等の主張もせず、唯同期日に「控訴人は被控訴人に対して昭和三二年一二月一六日付をもつて、弁済方法を昭和三三年二月末日以降同年一一月末日まで毎月末日に金五万円宛一〇回に分割支払うこと、利息は日歩三銭の割合、元金の延滞損害金は日歩六銭の割合とすること、右分割金及び利息の支払を一回でも遅滞した場合には期限の利益を失い残額全部を一時に支払うこと、との約定で金五〇万円を貸付け右弁済担保のため被控訴人主張の定期預金証書を提供させておいた。」との事実を主張しているけれども、控訴人が当審において主張する両建の方式の如く右貸金と定期預金とがその成立存続の過程において密接に相牽連する関係にあつたものという事実については何等主張するところがなく、単に右貸付に基く控訴人の元利金合計五三万三、〇〇〇円の債権を自働債権として、昭和三三年一二月一六日付書面により、被控訴人に対し被控訴人主張の定期預金の元利金五三万〇、五〇〇円と別口出資積立金二、〇〇〇円の合計額の返還債務と対当額において相殺する旨の意思表示をなし、因つて右定期預金返還債務は消滅した旨の抗弁を提出しているにすぎないことが記録上明らかである。そうすると原審における前記定期預金の成立に関する控訴人の陳述の客観的意味内容は同一の事実に関する被控訴人の主張と完全に一致する内容のものと認める外ないものというべく、しかも訴訟上自白の成立には必ずしも陳述者において自白に関する訴訟法上の効果の発生を認識しこれを意欲することを要するものでないと解せられるから、控訴人は原審の口頭弁論において被控訴人主張の定期預金契約の成立の事実につき自白をしたものといわなければならない。次に被控訴人主張の前記定期資金契約と控訴人が当審に至つて始めてその詳細につき主張する前記のいわゆる両建による定期預金契約とにつき各の主張自体に即しその客観的意味に従い各契約内容及び契約の成立の態様とせられるところを対照比較するのに、一方被控訴人においては預け入れられるべき五〇万円の金額に相当する金五〇万円を現実に現金をもつて預り主たる控訴人に交付し控訴人はこれを預金として受け入れ、これにつき被控訴人主張の約旨による定期預金契約が成立したというにあり、他方控訴人においては、被控訴人との間に預け入れられるべき現金を現実に授受したことなく、控訴人から被控訴人に対し金五〇万円を貸付け、同時に右貸金がそのまま被控訴人からの定期預金として控訴人に預け入れられこれにつき被控訴人主張と同様な期間、利率及び利息起算日を定めた定期預金がなされたものとして手続上の取扱を整え、貸付と預金双方につき全く現金の授受移動を伴わずして金五〇万円の貸付と金五〇万円の定期預金とが不可分的結合関係をもつて成立したというにあると認められるのであつて、双方の右主張の各内容をなす事実関係は到底これを同一のものと認め得ず、同一の社会生活関係上の出来事としては同時に右二個の事実関係のいずれでもあり得るということは不可能であつて、そのいずれにも該当しないか又はそのいずれか一方にのみ該当するほかなく、双方の間には択一的排斥関係にあるものと認められるから、控訴人の右両建の主張は結局従前の自白をひるがえすものといわなければならない。

そこで進んで控訴人の右自白が果して真実に反し且つ錯誤に基くものであつたか否かにつき検討する。

当審における証人橋本宗一の第一回証言によつて成立の認められる乙第四号証の一と当審における証人橋本宗一及び証人山本長蔵の各第二回証言(証人山本長蔵の証言中後記の信用しない部分を除く)と弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人が当座預金口座えの入金とか定期預金又は普通預金としての預け入れとかその他各種の取引につき顧客から金員を受け入れる手続としては、当該顧客が自ら控訴人の支店等の営業所に出向いてその窓口に直接現金を差し出した場合にはこれを受領した窓口の係員が、また若し営業所所属の外務係員が営業所外において後記のような受領権限に基き顧客から直接右のような控訴人との取引上授受すべき金員として現金を受領した場合にはその外務係員が、それぞれ同営業所における出納係に右金員を手渡して収納せしめ、出納係が収納した金額について入金伝票を作成することを要し、預金預け入れの趣旨で右受け入れをした場合には右の入金伝票を預金係に廻付し預金係としては右伝票によつて金員が受け入れられたことを確認し得て始めて預金証書の作成、元帳の記載その他預金に関する事務手続を進行せしめることとなるのであつて、右手続を経由しない顧客からの金員受け入れはその営業組織上存しないものであることが認められるのであつて、たとえ顧客が提供した金員を前記窓口係員若しくは外務係員が受領の権限に基いて現にこれを受領した場合にあつても、当該金員授受の趣旨に応じて所定の受け入れ手続が未だ完了しない間においては単純な金銭所有権の移転が生じたというに止まり、具体的場合の金銭授受の趣旨目的に従つた受け入れがなされたものとは解せられないというべきところ、被控訴人が昭和三二年一二月一六日及びその前後の時期に金五〇万円の定期預金として預け入れる趣旨で現金五〇万円を控訴人湊川支店に現実に交付し同支店が所定の手続によりこれを受け入れたという事実は全証拠資料によつてもこれを認めることができない。そして一般に銀行取引上定期預金が成立するためには、定期預金取引が法律上は消費寄託契約たる性質を必ず伴うものであることから、預金すべき現金その他これと同視すべき現実的経済価値を預り主たる当該金融機関がその組織上予定せられた手続に従つて現実に受け入れることを要するものと解せられる。

したがつて成立に争がない甲第一号証と当審における証人橋本宗一の第一、二回証言によれば、被控訴人を預金名義人とし期間一年、期日昭和三三年一二月一六日、利率年六分一厘、利子計算の起算日昭和三二年一二月一六日とする控訴人湊川支店支店長橋本宗一作成名義、昭和三二年一二月一六日付金五〇万円の定期預金証書の存在することを認め得るのであるけれども、なお預金すべき現金五〇万円を授受してなしたという被控訴人主張の定期預金契約が有効に成立したものと認めることができない。

次に弁論の全趣旨によれば、原審第一回口頭弁論期日において定期預金契約の成立につき、控訴人が前記のように客観的には自白と認むべき陳述によつて主張せんと意図した真実の趣旨は、被控訴人主張のとおりの金額、満期日、期間、利子起算日、及び利率の約定を内容とするその主張の日付による定期預金契約が成立したことは認めるがそれは現実に現金五〇万円を被控訴人から控訴人湊川支店に交付して締結したという被控訴人主張の定期預金とは前記のように別異のものと認むべき両建による定期預金であつて、預金の目的とせられた五〇万円の金額については同額の現金又はこれと同視すべき価値の現実の授受は何等なされていないという事実を提出するにあつたことが明らかに認められる。

そうだとすれば控訴人の右自白は真実に反し且つその錯誤に基ずいてこれをしたものというべきであるから控訴人が当審に至つて前記両建の方式による定期預金が成立したのにすぎない旨主張することは適法として許容せられるべきものである。

また控訴人が原審の口頭弁論において前記両建の主張を明確になさなかつたことがその故意に出で又は重大な過失によるものと認められないから、その防禦方法としての提出を却下しない。

そこで被控訴人主張の定期預金契約の成否について判断する。被控訴人が控訴人に現金五〇万円を現実に交付することによつて単純に控訴人を預り主とする被控訴人主張の定期預金契約が成立したことを認めるに足りる証拠がないことは既に説示したとおりであり、却つて前記甲第一号証、原審における検証の結果、当審における検甲第一及び第二号証(但しこれらに関する被控訴人の主張事実の存否は措く)、当審における証人田端基宏及び倉八馨の各証言によつて成立の認められる乙第二号証、当審における証人山本長蔵の第一回証言(後記の信用しない部分を除く)によつて成立の認められる甲第二、第三号証、原審における控訴人代表者橋本宗一本人尋問の結果(原審において控訴人代表者の尋問をした当時には橋本宗一がその代表理事であつたがその後本件控訴申立当時にはもはや橋本宗一は控訴人の代表資格を有しなかつたことは記録上明らかである。記録第一〇丁並びに控訴状添付の各控訴人の登記簿抄本。)によつて成立の認められる乙第四号証の一、二(但し乙第四号証の二印鑑簿に押されている八木と表示された印影の印章が被控訴人の真正な印章であるか否かの点は除く)、原審における証人山本長蔵の証言と原告及び被告代表者橋本宗一各本人尋問の結果並びに当審における証人古本正勝、田端基宏及び倉八馨の各証言、当審における証人橋本宗一及び山本長蔵の各第一、二回証言(証人山本長蔵の原審と当審における上記各証言中後記信用しない部分を除く)、成立の真否は措き乙第一号証及び乙第三号証が存在する事実を総合すれば次のような事実が認められる。

被控訴人は昭和二九年三月に夫と死別して以来身寄りがないので、数代前に八木家と姻戚関係があつた縁故で亡夫の葬儀を機に出入するようになつた山本長蔵に家事上の相談をしていた。山本はその当時から控訴人湊川支店に勤務していた。(山本長蔵が右当時控訴人湊川支店に勤務していたことは当事者間に争がない。)昭和三二年に入つて被控訴人は西宮市仁川に在つたその所有地実測約一一〇坪を売却処分することにして山本長蔵にその世話を依頼し、山本が斡旋した不動産売買の仲介業者の周旋によつて同年八月頃代金一三〇万円で右土地の売買契約が成立し、その当時先ず手付金二〇万円を受け取り、同年一一月一五日頃残代金全額の支払を受けるのと引き換えに右土地の所有権移転登記を経た。右支払は小切手によつてされたのであるがその授受や移転登記手続等はすべて被控訴人が自らこれにあたり、山本も被控訴人に同行していた。ところが山本から右取引代金の中金三五万円を借用したいと申出があつたので、被控訴人は自分で支払銀行に出向いて右小切手金の支払を受け、その中から即時金三五万円を割いて、弁済期昭和三三年五月一五日、利息は月三分として毎月十五日に支払う約束で山本に貸付けた。この土地代金から売買の周旋料その他の附随の費用並びに山本長蔵に貸付けた右金額を控除した残額の中約六五万円は、被控訴人としては以前に預金取引をしたことのある日本勧業銀行に預金する意向で一両日現金のまま手許に留めておいたところ、山本が盗難の危険を説き且つ同人が勤務している控訴人湊川支店の預金成績も良くなることを理由に頻りに控訴人えの預け入れを奨めるので被控訴人は同月一七日頃になつて、金五〇万円を控訴人湊川支店に定期預金することにし自分で同支店に現金を持参して預け入れようとして山本に同行するように頼んだところ、山本は仮に被控訴人が親しく同支店に出向いて預け入れの手続をするとしても、預金の受け入れとして現実に金員授受にあたるのは山本自身である旨説明し、自分が現金を預かつて同支店に持参すると申し出たので同日現金五〇万円を山本に交付した。山本長蔵は被控訴人から受け取つた金五〇万円を控訴人湊川支店に持参し預金係に引き渡して預金受け入れの手続をさせることをしないで、その頃擅に右金員を神戸市兵庫区楠町青果商吉田君夫に融通費消してしまつた。(山本長蔵が被控訴人から控訴人に定期預金として預け入れるべき趣旨を示して昭和三二年一一月中頃に託せられた金五〇万円を同月中に擅に吉田君夫に融通費消したことは当事者間に争がない。)被控訴人は前記のように現金五〇万円を山本に交付したのであるから同人において遅滞なくこれをその勤務先である控訴人湊川支店に持参し、同支店において所定の預金受け入れの手続を経て五〇万円の定期預金が成立し、数日内には定期預金証書を同人が持参して呉れるものと期待していたが、予期した期間を過ぎても定期預金証書が交付されないので、同月末頃から山本長蔵に対して預金証書を早く持参するように督促し、若し証書を持参しないのなら先に交付した現金五〇万円を返却してくれ、自分で窓口に持参して預金預け入れの手続をする旨申し入れた。そこで山本は処置に窮した挙句被控訴人に対しては同年一二月一四日頃に至り控訴人備え付けの預金加入申込書を提示して被控訴人に自分で押印させてその場を糊塗し同月一六日かねて被控訴人には知らせないで用意して所持していた木製の八木の印を使用して、被控訴人名義、金額五〇万円の同日付け金員借用証書(乙第二号証)と被控訴人名義、金五〇万円の定期預金加入申込書(乙第三号証)を作成のうえ、控訴人湊川支店貸付係倉八馨に対し、被控訴人が控訴人から金五〇万円の貸付を受けると同時に右貸付金をそのまま直ちに同額の定期預金とし、定期預金証書は右貸金弁済の担保としてその分割弁済を完了するまで控訴人がこれをその手許に留置し、右貸金元利金が遅滞なく弁済された場合においてのみ始めて右定期預金元利金をその満期に払い戻しを受け得べきものとする、いわゆる両建の取扱の申込がなされた旨説明し、右貸付主任は同支店長橋本宗一の承認決裁を得たので、ここに昭和三二年一二月一六日付けをもつて同支店貸付係と預金係とにおいて、借主を被控訴人とし、弁済期及び弁済方法は元金につき昭和三三年二月二八日以降同年一一月三〇日まで毎月五万円宛一〇回に分割払いとする、利息は日歩三銭として毎月末日に支払う、定期預金証書を担保とする旨の金五〇万円の貸付手続を整え、右貸金として現金五〇万円の現実の授受行為は一切省略して直ちに即日右貸付金をもつてする期間一ケ年、利率年六分一厘、利子計算の起算日昭和三二年一二月一六日、満期昭和三三年一二月一六日、預金名義人被控訴人とする金五〇万円の定期預金が成立したものとする入金伝票の作成、定期預金元帳の作成等定期預金受け入れに関する所定の手続形式の一切を整え、右と同旨の事項を記載した控訴人湊川支店長名義、被控訴人宛の前記定期預金証書(甲第一号証)が作成された。右定期預金証書は前記両建の場合の取扱例に従い同支店に留めおいて預金名義人には右貸金が完済せられるまでは交付しないことになつていたのであるが山本長蔵が作成後間もなく同支店からこれを持ち出して被控訴人のもとに持参交付した。以上のように貸付と不可分的なものと取扱われる両建方式の定期預金は、金融機関の顧客が貸付による債務を誇示することによつて課税の軽減を計るため特に取引のある金融機関に依頼してその取扱によらしめ、或いは金融機関が一定時期における預金保有高を誇称するため特に取引先顧客の承諾を得て現金の移動を全く伴わしめないで預金成立の取扱をするものである。

以上の事実が認められ、原審及び当審における証人山本長蔵の証言(当審は一、二回)中右認定と牴触する部分は措信し得ず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして上記認定のいわゆる両建においてはこれを構成する金銭貸借並びに定期預金の各契約につき、意思表示に関する瑕疵、行為無能力若しくは契約当事者本人を代理すべき権限の不存在等、契約の有効な成立要件について欠缺が存しない以上は、それが通常の形態による定期預金預け入れの場合と異なり預金すべき現金や取引上これと同視せられている小切手等の授受を伴なつていないとの理由をもつてしては定期預金契約として不成立であるとか無効であるとか解すべきものではなく、定期預金契約としてはなお有効に成立したものと解するのが相当である。けだし前記両建の場合には、消費貸借に基き借主に帰属すべき金銭的価値と、預金の目的として預り主に帰属すべき金銭的価値とが、同時に同一金額のものとして成立し且つ交換せられた結果を生ずるのであるから、預り主が預金者から現金や小切手等を現実に授受することにより金銭的一定額の価値を取得する通常の場合と区別する理由は存しないからである。

しかしながら通常の方式による定期預金と前記両建による定期預金とを対比した場合、その取引につき当事者の有する経済的目的、成立過程における具体的取扱手続、一般取引社会においてそれが有する社会的経済的意味、定期預金としての存続の態様若しくはその法律上の効力その他種々の点において差異の存することは上記認定の事実を通じて明らかであつて、右二個の定期預金はたとえその約定の条件や金額及び成立日付においてたまたま同様であつても、到底同一の預金取引と認めることを得ず法律要件としても別異のものと認むべきであるから、被控訴人主張の定期預金をもつて右認定の両建による定期預金契約と同一のものとなし、本件訴訟上の請求は右両建による定期預金契約上の効果の主張をも含むものとすることはできないと解せられる。したがつて本件においては右両建による定期預金契約の効力の存否にまで判断を及ぼすを要しないものというべきである。

ところで被控訴人は当審の第一四回口頭弁論期日において、控訴人の職員であつてその湊川支店の支店長代理の地位に在り且つ同支店の外務係の職務を担当していて控訴人に対し顧客が預金等の取引上交付すべき金員を控訴人のために受領する権限を有していた山本長蔵に対し被控訴人が昭和三二年一一月一五日に、控訴人湊川支店に金五〇万円の定期預金とする趣旨を明示して現金五〇万円を交付し右山本がこれを受領することにより即日現金の授受を伴う被控訴人主張の定期預金契約が有効に成立したとも主張し、控訴人において、被控訴人が原審以来その主張の定期預金成立の日を昭和三二年一二月一六日と主張してきながら、右のような主張をするのは請求の基礎である事実関係の主張を変更するものであり、請求原因の変更であるから却下を求めるという。

しかしながら被控訴人の右主張は従前のその主張事実を基礎としつつその同一の事実関係のもとにおいて、その主張の定期預金が何時成立したものと認めるべきものかという既述の定期預金契約の成立に関する法律的見解を攻撃方法の一として追加することを主たる内容とするものであつて、請求原因事実の主張を別個のものに変更する何等の趣旨をも包含せず、また訴の変更にもあたらないことは主張自体によつて明らかであり、右主張がなされたことによつて特に本件訴訟の完結が遅延するものとは認められないから却下しない。

そこで被控訴人の定期預金の成立に関する右主張について検討する。

山本長蔵が昭和三二年一一月当時控訴人湊川支店に勤務する外務係の職員でありまた同支店の支店長代理の地位にもあつたことは当事者間に争がなく、被控訴人が同月一七日頃右山本長蔵に対して同支店に定期預金として預け入れるという趣旨を明示して現金五〇万円を交付し、山本がこれを受領したことは前に既に認定したとおりであり、更に原審における証人山本長蔵の証言と控訴人代表者橋本宗一本人尋問の結果並びに当審における証人山本長蔵及び証人橋本宗一の各第一、二回証言(山本証人の原審及び当審における上記各証言中前記及び後記の措信しない部分を除く)、当審における証人古本正勝の証言を総合すれば次の事実が認められる。

山本長蔵は昭和二六年三月頃控訴人に雇傭せられ控訴人の職員として湊川支店に勤務し、昭和二九年二月四日から昭和三二年一〇月中頃までは同支店預金係主任の職務に就きその後外務係に転じたものであるが、外務係員の担当事務は主として営業所外に出て一般顧客に対し預金の勧誘をなすにあるほかに(外務係員の主たる法務が上記の預金勧誘にあることは当事者間に争がない)、預金や貸付等控訴人と顧客間の各種の取引に関する相談に応ずる等の事務も含まれているのであるが、日常の事務取扱の現実の状況は以上のことがらだけに止まらず、営業所外においてたとえば訪問先の顧客がたまたま控訴人に預金したいと考えているような場合には預金とする趣旨の現金をその顧客から受領したり、定期積立金取引をしている場合等のように控訴人湊川支店に対し取引上定期に一定額の金員を交付しなければならぬ顧客から営業所外において直接当該金員の交付を受けたりすることもきわめて通常のこととして屡々行われているところであり、控訴人としてもその外務係が営業所外において控訴人のために顧客から直接現金を受領すべき権限を少くとも黙示的には与えていたのであり、外務係員が上記のように営業所外で顧客から集金又は新たな預金の預け入れとして現金等を受領したときは、これと引換えに控訴人において用意し外務係員をして常時携帯せしめている仮領収書を交付し、受領した現金等は所属営業所に持参して遅滞なく当該場合の現金等授受の趣旨を伝えてこれに応ずる受け入れ手続を進行せしめたうえ当該係員より正式の受領証若しくは預金証書の発行を受けてこれを顧客のもとに持参するのが日常の具体的業務取扱の実態であつた。ところで外務係員が顧客から預金として預け入れるとか、その他金銭授受に関する取引上の意味や趣旨を表示して現金等を受領し、次いでその外務係所属の営業所において、表示された右の趣旨に従い上記のような受け入れ手続が進行せしめられるに至る一連の事実過程の中、授受した金銭の所有権移転の経過如何の点は除き(これについては後に説明するところである)、当該外務係員が顧客の預金預け入れの意思等の表示をそのまま所属営業所当該係員に伝える関係は、法律上その外務係員において当該顧客の意思に基く預金等一定内容の取引契約の申込をその顧客のために伝達する使者の役を果すものであり(銀行取引の中少くとも定期預金や普通預金については、通常個々の銀行等各金融機関毎にその契約条件は定型化されていて、顧客はその予め定型化されている条款に附従して具体的預金契約を締結するのが一般であるから、定期預金をしようとする場合にも取引の種類として「定期預金」をするものであることを明らかにするほかにはせいぜいその期間を指定すればよく、利率その他契約内容の具体的細目に亘つてまでこれを定めて申込をする必要はないものと解せられる。)、また右受け入れ手続の結果として前記のように預金証書等を当該顧客に持参する関係は、当該外務係員がその使用者たる控訴人の営業上の送達機関たる地位において事務を処理するものと認められ、しかもこのように外務係員が、顧客の側から控訴人に対してする取引契約申込につきその顧客の使者の地位に立つということは、当該顧客と特定の外務係員との具体的場合における特殊な個人的関係として偶発的に生起する関係というに止まらず、外務係一般の職務権限や職務内容に関する控訴人の既存の営業組織上のたてまえは如何様にもあれ、外務係員の執務の日常具体的運営の実態としては元来その担当職務の普通の内容の一として当然これに含まれているものと扱われているのである。

また山本長蔵は昭和三〇年四月一六日の任命により昭和三三年五月一日まで控訴人湊川支店の支店長代理の地位に在つたのであるが、支店長代理という地位は必ずしも所属の支店における支店長の職務一般を代行すべき包括的代理権を有するいわゆる支店長の職務代行者としての職務権限を有するものではなく、対顧客の関係における控訴人の信用保持の必要上、外務係等その事務処理上現実に直接顧客と接触応待する立場に在る職員中一定範囲の者を択んで特にその使用を許るした一種の名誉的呼称に過ぎないものである。

以上の事実が認められ、当審における証人山本長蔵の前記各回証言中右認定と抵触する趣旨の証言部分は信用せず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

なお「支店長代理」という名称をもつて、それ自体支店における営業の主任者たることを示すべき名称とも解せられないところである。

ところで右認定の外務係の職務たる預金の勧誘とは法律上は契約の申込の誘引に該当する単純な事実行為に外ならないものと認められるし、また外務係員として山本長蔵が控訴人のために金員を受領する権限を有するというのは、山本が顧客から控訴人に交付すべき金銭なることを示した金員を受領した場合に、当該金銭所有権の移転の経路として、先ず一旦直接の受領者たる山本に帰属し山本は更に控訴人に移転行為をなすことに因つて始めて控訴人に帰属するという関係でなく、山本が受領することにより直接控訴人において当該金銭の所有権を取得することになるという控訴人の営業組織上の地位に山本が在る機関関係を示すものと解せられる。そうだとすれば山本長蔵が控訴人のために預金勧誘の事務に従い、また前記のような金員受領の権限を有することを目して控訴人が法律行為をなすについての代理権を山本長蔵に授与したものとすることはできないし、控訴人において山本長蔵に対し右の事務の範囲を越え、営業所外において顧客との間に直接定期預金契約までも締結し得べき代理権を授与したものでないことは当審における証人橋本宗一の第一、二回証言によつて明らかに認められ、当審における証人山本長蔵の前記各回証言中右認定に反する趣旨の部分は他の全証拠資料と対比して信用し得ず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はないから、被控訴人が前記のように預金とする趣旨を明示して山本長蔵に金員を交付し、山本がその趣旨を了解して右金員を受領したからといつてこれにより直ちに被控訴人主張の定期預金契約が成立したものと認めることを得ない。

なお当審における証人橋本宗一の第一回証言中「山本長蔵が外務係員として顧客から預かつた金員は控訴人が預かつたことになる」旨の供述中その「預かる」という語が単純な金員の受領を意味するものであつて、控訴人を預り主とする預金契約が成立することまでも意味する趣旨でないことは、右証言の前後を通じて自ら明らかである。

被控訴人は更に、山本長蔵が仮に顧客と直接定期預金契約を締結するにつき控訴人の代理権を授与せられていなかつたとしても、山本が当時控訴人湊川支店の支店長代理の役職に在り同支店の営業につき一般的な代理権を有し、且つ同支店外務係担当の職員として少くとも同支店が部外の一般顧客から受け入れるべき預金や積金を同支店外において控訴人のために受領する権限を有していたものであるところから定期預金契約締結についても亦控訴人の代理権を有するものと信じてこれと定期預金契約を締結したのであり、山本の控訴人における前記の地位や担当職務によつて、被控訴人が山本長蔵に右代理権があると信ずるにつき正当な理由があつたものというべきであるから、控訴人は民法第一一〇条に従い被控訴人に対して右定期預金契約につき履行の責に任じなければならないと主張する。

山本長蔵が前記支店長代理の地位にありまた外務係員であつた事実を捉らえて控訴人から何等かの法律行為につき代理権を授与せられていたものと認めることを得ないことは前記の認定と説明のとおりであり、表見代理の基本たるべき代理権の存在については他に被控訴人の主張立証がないばかりでなく、被控訴人が前記認定のように山本長蔵に金五〇万円を交付するに際し、控訴人営業所外において直接顧客との間に定期預金契約を締結すべき正当な控訴人の代理権を山本が有しており、したがつて金五〇万円を控訴人湊川支店に定期預金として預け入れようと意図した被控訴人が、自宅その他控訴人の営業所以外の場所であつても、定期預金とする意思を明らかにして現金五〇万円を山本に交付し、山本において右趣旨を了解して右金員を受領すれば、それによつて即時被控訴人を預金者とし、控訴人湊川支店を預り主とする定期預金契約が有効に成立するものと信じていた事実並びに被控訴人において右のように信じていたがために対話者である山本長蔵を相手方たる控訴人の代理人として同人に申込をしその承諾を得れば即時定期預金契約を成立せしめ得べきものとの認識をもつて現金五〇万円を同人に交付したものであるという事実はいずれもこれを認めるに足りる証拠がなく、却つて原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は昭和三二年一一月頃山本長蔵が控訴人湊川支店に勤務する職員であつて支店長代理の地位を有し且つ外務係として顧客に対する預金勧誘や集金等の事務を担当していることは知つていたけれども、被控訴人として控訴人湊川支店に定期預金をしようとすれば、預け入れるべき現金が同支店窓口を経て受け入れられるか、若しくは窓口経由の事実は免も角少くとも同支店の預金係によつて所定の手続に従い現実に受け入れられなければならないし、預り主である控訴人により定期預金が確定的に成立した有効なものとして取扱われるためには所定の手続を経由して制規の定期預金証書が作成されなければならないと考えていたことが窺われるほか、被控訴人において以上のように考えていたところから、定期預金とする趣旨を明示して現金五〇万円を山本長蔵に交付すれば、同人が金員を同支店に携帯するとともに被控訴人の定期預金とする意思(控訴人湊川支店に対する定期預金契約の申込)を同支店の当該係員に伝達し(山本長蔵は被控訴人の控訴人に対する金五〇万円の定期預金契約の申込を伝達すべき使者の地位に立つこと、並びに右使者たることも亦その外務係として担当する職務の一として然るものであることはいずれも前に説明したところである。)、右金員につき同支店預金係員による受け入れ手続が進行しその結果定期預金が成立したものとして遅滞なく定期預金証書が作成され山本が持参してくれる(この場合においては山本は控訴人側の証書送達の機関たる地位にあるものと認められる)であらうと予期していたに拘らず定期預金証書の交付がなされないので山本に早く持参するよう督促し、遂には同人から現金五〇万円を取り返えして親しく自ら同支店に持参し確実に定期預金を成立せしめようとして山本長蔵に返金を求めたことがある事実も認められ、右認定の事実によれば被控訴人が定期預金契約の締結につき山本長蔵の外見上の代理権に信頼した事実はないものというべきである、

被控訴人の表見代理の主張も亦理由があるものとすることを得ない。

被控訴人の控訴人に対する、被控訴人主張の定期預金契約上の責に任ずべきことを求める本訴請求は理由がないから右請求を認容した原判決は失当としてこれを取り消し、被控訴人の右請求は棄却すべきものとする。

次に被控訴人が当審において追加主張する予備的請求につき判断する。

控訴人は右予備的請求の追加を時機に遅くれた攻撃方法として却下を求めるというが、被控訴人の右請求の予備的追加は控訴人が前示のように当審に至つて自白を撤回したことによつて直接誘起せられたものと認められることが弁論の経過に徴して明らかであつて、そのような事情にも拘らず控訴人の側から異議を提出することは異議の提出自体が失当なものと認められるし、予備的請求の追加はこれをもつて単なる攻撃方法の提出というべきものでなく、民訴法第二三二条に定める訴の変更の一態様に属することが明らかであるから、その許否については右法条に従つてこれを決すべきものであつて、同法第一三九条を適用すべきものではない。そして右予備的請求は被控訴人において原審以来一貫して主張してきたと同一の事実関係を基礎とするものであることは弁論の経過によつて自ら明らかであるし、右追加請求の請求原因の審理のためにはなおあらためて別個の証拠調べを重ねることを必要とするものとも認められないし、現に被控訴人の側からも右請求原因事実に関し新たな証拠調べの申出をしているわけでもなく、その他右の追加請求によつて特に本件の審判が遅滞するものと認むべき事情は何等存しないから、控訴人の右の異議はその内容においても理由がないものと認められる。

被控訴人の右予備的請求の追加はこれを許るすべきものとしその当否につき考察する。

山本長蔵が控訴人の被用者であつて昭和三二年一一月頃当時には控訴人湊川支店に勤務して同支店の支店長代理の地位に在り、且つ同支店の外務係員として営業所外で一般顧客に対する預金の勧誘や顧客のため金融貸付等の取引の相談に応ずる等の職務に従事し伴わせてこれに附随して顧客と控訴人の間に授受せられる現金等につき控訴人のためにこれを受領すべき権限を有し、日常の事務処理の実際においても預金の預け入れその他による入金の趣旨で顧客から現金を託せられ受領することが屡々あつたこと並びに被控訴人が山本長蔵から控訴人湊川支店に定期預金するようにと勧誘せられてこれに応じ昭和三二年一一月一七日頃金五〇万円を期間一ケ年、利率年六分一厘として控訴人湊川支店に定期預金する意思でその旨を明示して山本長蔵に現金五〇万円を交付したところ山本はこれを受領しながら同支店に持参受け入れの手続をなさしめることなく同月二七日頃擅に神戸市内において第三者に融通費消し因つて被控訴人が所期の定期預金を成立せしめることができなくなつたことはすべて前に既に説示したとおりである。

以上の事実によれば山本長蔵は、その内心の主観的意図の如何は別として、控訴人湊川支店の外務係員という立場でその権限に基き同支店の受け入れるべき金員として前記五〇万円を被控訴人から交付を受けてこれを受領したものと認めるのが相当である。この点につき控訴人は山本長蔵と被控訴人との間における右五〇万円の授受は、山本長蔵において控訴人湊川支店に金五〇万円を定期預金として預け入れるにつき被控訴人の代理権を有し、被控訴人の代理人たる立場で右預け入れのため右金員の交付を受けたものである趣旨の主張をし、原審における控訴人代表者橋本宗一本人尋問の結果、当審における証人古本正勝、田端基宏、倉八馨及び橋本宗一の各証言(橋本証人については第一、二回)によつて、右五〇万円の授受の以前から控訴人湊川支店職員等の間においては山本長蔵は被控訴人と親戚関係にあり、山本は被控訴人の甥であると信ぜられていたことは、これを窺うに難くないけれども、この事実のみを根拠としては到底右金員の授受における山本長蔵の地位が被控訴人の代理人たる立場におけるものと断定するに足らず、他に控訴人の右主張を肯定するに足りる証拠はない。

そして被控訴人は前記のように現金五〇万円を山本長蔵に交付しながら結局所期の定期預金が有効に成立することなくして止んだことに因つて金五〇万円とこれを元本として年六分一厘の利率で算出した一年分の利息相当額三万〇、五〇〇円の合計五三万〇、五〇〇円(前記定期預金契約が成立した場合において満期日に支払を受くべき元利金)相当の損害を蒙つたものと認められ、右損害が控訴人の被用者である山本長蔵において預金の受け入れという控訴人の事業を執行するにつき不法に被控訴人に加えた損害と認むべきものであることも上記認定によつて明らかであり、控訴人が山本長蔵の選任及びその事業の監督につき無過失であつたことについては主張立証がない。しかも全証拠資料によつても前記損害の発生につき被控訴人の側に過失の責むべきものがあつたことは認められない。そうすると控訴人は山本長蔵の使用者として被控訴人に対し右損害の全額につき賠償の責に任ずべきものである。但し不法行為上の損害賠償義務をもつて商行為に基く債務と認め得ないことが明らかであるから遅延損害金は民事法定利率によつて算定せられるべきものである。

以上説示したところによれば、被控訴人の予備的請求は、控訴人に対し金五三万〇、五〇〇円並びに内金五〇万円に対する前記認定の山本長蔵の不法行為の後である昭和三三年一二月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求める限度においては正当として認容すべきものであるがその余は失当として棄却すべきものである。

そこで訴訟費用につき民訴法第八九条第九二条第九六条を適用し主文第三項記載のとおりその負担を定め、主文第二項中控訴人に対し金員の支払を命じた部分につき同法第一九六条に従い職権をもつて仮執行の宣言を付するのを相当と認め主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

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